「塩路軒」から別家し、「塩芳軒」として創業した。
初代当主は高家由次郎。
のち、明治29年に元聚楽第の一角、
京の町衆が息づく織物の町
「西陣」(黒門中立売上る)に移転し、
大正3年に現形式の店構えを完成した。
京では「水引のれん」と「長のれん」が区別されており、
別家の際、主家から“のれん分け”で
戴くのが長のれんです。