日本中、そして世界中に知られている。
室町時代後期、足利将軍家の相続をめぐり
東と西にわかれて繰り広げられた「応仁の乱」。
その時、山名宗全が陣取った地域が
西の陣であったことから
この地を西陣と呼ぶようになった。