江戸時代の株札
平安建都以来一千有余年の間、王城の地として繁栄して来た京都には、様々な文化が香り高く開花し、今も人々の生活の中に溶け込んでいます。
その中でも京菓子は日本菓子の草創であり、世界の食文化の華であります。
それより後、京菓子は「上菓子」として禁裏や神社仏閣との結びつきの中で、王朝文化の優美を習い、茶道によってわび、さびの根元を探り、格調高く素晴らしい味覚と工芸技術の粋を後世に伝承して参りました。江戸時代に至り幕府の要請により禁裏御用達業者の集まりである「上菓子屋仲間」を結成し、菓子業界の発展に寄与してきました。「上菓子」とは上等の菓子の意義ではなく、上納菓子、献上菓子の意から出ているのであります。
さて、明治維新になりまして東京への遷都と共に「上菓子屋仲間」は解散を余儀なくされましたので、優れた伝統を守るために仲間が新しく結成いたしましたのが現在の「菓匠会」であります。以来百十年、各会員は祖先の遺した「暖簾」を守り、技術の研鑚を積み、それぞれ特色ある優れた銘菓造りに励んで現在に至っております。